2018年4月25日水曜日

バナッハ=タルスキーのパラドックス 本編

前回は序章ということで、面積について書きました。
バナッハ=タルスキーのパラドックス 序章

今回はいよいよ、バナッハ=タルスキーのパラドックスの具体的な内容に踏み込みます。

一つの球を有限個に分割して組み合わせることで元の球と同じ大きさの球を2個作ることができるというものです。
これだけ聞くとありえないと思いますが、数学的には正しく見えるのです。
本当に数学的に正しいのか、その内容を解体していきたいと思います。

まずは三次元空間における回転操作について考えます。
xyz空間において、
Y軸周りのΘの回転をb、(-Θ)の回転をd、
Z軸周りのΘの回転をp、(-Θ)の回転をqと書くことにします。
b,d,p,qのみを組み合わせてできる操作を考えます。
pの操作の後にdの操作をすることをdpという積で表すことにします。
ppbqはZ軸周りの(-Θ)回転、Y軸周りのΘ回転、Z軸周りの2Θ回転という操作です。
このようにしてできる操作の集合Gは操作の積について群になります。
Gの元の積がGの元になることは明らか。
結合法則も満たします。
単位元は何もしない操作。bd,pqなど。これをeと書くことにします。
逆元は操作を逆転させたものです。
積の順番を逆にして、bとd、pとqを入れ替えたものになります。
例えば、ppbqの逆元はpdqqです。
Gの各元はb,d,p,qの積に書けます。
その積の中にbd,db,pq,qpを含む場合はそれをeで置き換えても同じです。
e単独でない場合はeを取り除いても同じです。
このようにして短くしていくと、最終的にそれ以上短くできない形になります。
それ以上短くできない形のことを仮に既約表現と呼ぶことにしましょう。
Gの各元について既約表現は一意に決まります。
また、Θの値を適切に決めれば、すべての元の既約表現は異なるようにできます。
つまり、Gの元と既約表現が一対一に対応するようにできるということです。
証明しましょう。

一般に、xy平面において原点を中心とすると角度Θの回転で、
(x,y)は(xcosΘ-ysinΘ,xsinΘ+ycosΘ)に移ります。
これは簡単に証明できます。
原点と(x,y)を結ぶ線分の長さをrとします。
その線分とx軸のなす角をαとすると、(x,y)=(rcosα,rsinα)です。
回転後の座標は(rcos(α+Θ),rsin(α+Θ))です。
加法定理により、
rcos(α+Θ)=rcosαcosΘ-rsinαsinΘ=xcosΘ-ysinΘ
rsin(α+Θ)=rsinαcosΘ+rcosαsinΘ=ycosΘ+xsinΘ
ですので成立します。

Θは何倍しても360度の倍数にならないもの。無理数であればよいです。
ですので適切なΘは無数にあります。
計算が楽になるように長さが3,4,5の直角三角形の角の一つを使うことにします。
長さが3と5の辺で挟まれる角の大きさをΘとしましょう。
sinΘ=4/5、cosΘ=3/5です。
nが1以上の整数のときは加法定理により、
sin(n+1)Θ=sinΘcos(nΘ)+cosΘsin(nΘ)
cos(n+1)Θ=cosΘcos(nΘ)-sinΘsin(nΘ)
よって、
5sin(n+1)Θ=4cos(nΘ)+3sin(nΘ)
5cos(n+1)Θ=3cos(nΘ)-4sin(nΘ)
両辺に5^nを掛けると、
5^(n+1)*sin(n+1)Θ=4*5^n*cos(nΘ)+3*5^n*sin(nΘ)
5^(n+1)*5cos(n+1)Θ=3*5^n*cos(nΘ)-4*5^n*sin(nΘ)

s(n)=5^n*sin(nΘ),c(n)=5^n*cos(nΘ)とすると、
s(n+1)=4c(n)+3s(n)・・・☆1
c(n+1)=3c(n)-4s(n)・・・☆2
が成り立ちます。
s(1)=4,c(1)=3ですので、s(2)=4*3+3*4=24,c(2)=3*3-4*4=-7です。

☆1より、4c(n)=s(n+1)-3s(n)
nを(n+1)に置き換えても成立しますので、4c(n+1)=s(n+2)-3s(n+1)
☆2を4倍したものにこれらを代入すると、
s(n+2)=6s(n+1)-25s(n)
という式が得られます。
同様に、c(n+2)=6c(n+1)-25c(n)です。

s(n),c(n)が整数になることは明らかでしょう。
s(n)が5の倍数かどうか考えます。
s(n+2)=6s(n+1)-25s(n)ですので、
s(n+2)を5で割った余りは、6s(n+1)を5で割った余りに等しいです。
s(n+2)が5で割り切れることと、s(n+1)が5で割り切れることは同値です。
s(2)は5の倍数ではありませんのでs(3)以降も5の倍数ではありません。
任意の自然数nについて、s(n)は5の倍数にはなりません。
同様に、c(n)も5の倍数ではありません。
s(n)=5^n*sin(nΘ)でしたので、
sin(nΘ)は有理数であり、既約分数にしたときの分母は5^nになるということです。
よって、すべての自然数nについて、sin(nΘ)の値は異なります。
cos(nΘ)についても同じことが言えます。

点(1,0)に対してΘの回転をn回行うと、(cos(nΘ),sin(nΘ))
Θの回転を繰り返すと、移動先はすべて異なる点になります。
それらの回転はGの異なる元です。
(-Θ)の回転をn回行った場合、(1,0)は(cos(-nΘ),sin(-nΘ))に移ります。
cos(-nΘ)=cos(nΘ),sin(-nΘ)=-sin(nΘ)ですので、
Θの回転をn回行うという操作は、nがすべての整数の範囲でもすべて異なります。

では、三次元で考えましょう。
xy平面における原点中心の回転はZ軸を中心とする回転と考えられます。
よってZ軸周りの角Θの回転で
(x,y,z)は(xcosΘ-ysinΘ,xsinΘ+ycosΘ,z)に移ります。
Y軸周りの回転の場合、
zx平面における、原点を中心とする角Θの回転と考えられますので、
(x,y,z)は(xcosΘ-zsinΘ,y,-xsinΘ+zcosΘ)に移ります。

あるGの元gについて2つの異なる既約表現があると仮定します。
例えば、g=qb=pbbqというように、異なる形の積が等しいことになります。
片方の逆元をかけてやると、
e=pbbqdp というようにeの別の形の既約表現が得られます。
この既約表現に対応する操作を行うと、任意の点は元の位置に戻ることになります。
既約表現に対応する操作では、最初にY軸周りの回転かZ軸周りの回転を行った後、
Y軸周り、Z軸周りの回転を交互に繰り返します。
点(1,0,0)がこのような操作で元の位置に戻ってくることがないことを示します。

まず、(1,0,0)がZ軸周りの回転によって、どのような点に移るのか調べてみましょう。
同じ方向に少なくとも1回は動かしますので、nを0以外の任意の整数として、
(cos(nΘ),sin(nΘ),0)
に移動します。
cos(nΘ),sin(nΘ)は既約分数の分母が5^|n|である有理数です。
(|n|はnの絶対値です)
f(n)=5^|n|とします。
また、5の倍数である整数を[0]、5の倍数でない整数を[*]と書くことにします。
これは私が勝手に考えた記法で、この場限りのものです。
5の倍数を足したり引いたりしても5の倍数ですので、
[0]+[0]=[0],[0]-[0]=[0]
というように足し算、引き算が考えられます。
5の倍数でないものに5の倍数を足すと5の倍数にはなりませんので、
[0]+[*]=[*]+[0]=[*]
同様に、[0]-[*]=[*]-[0]=[*]
掛け算については、[0]×[0]=[0]×[*]=[*]×[0]=[0],[*]×[*]=[*]です。
[*]+[*]は5の倍数になったりならなかったりしますので計算できません。
この記法を使うと、cos(nΘ)もsin(nΘ)も[*]f(n)と書けます。
Z軸周りのnΘまたは(-nΘ)の回転によって、
(1,0,0)は([*]f(n),[*]f(n),0)に移ります。
この点をY軸周りにmΘまたは(-mΘ)回転させると、
([*]f(n)[*]f(m),[*]f(n),[*]f(n)[*]f(m))=([*]f(n)f(m),[*]f(n),[*]f(n)f(m))
に移ります(mは0でない整数です)。
[*]f(n)f(m)は整数ではありませんので、ここまでの操作で(1,0,0)に戻ることはありません。
[*]f(n)=5^|m|×[*]f(n)f(m)=[0]f(n)f(m)ですので、
移動後の点は([*]f(n)f(m),[0]f(n)f(m),[*]f(n)f(m))と書けます。
k=|n|+|m|とすると、([*]f(k),[0]f(k),[*]f(k))です。
kを任意の自然数として、この形に書ける点の集合をTyとします。
同様に、([*]f(k),[*]f(k),[0]f(k))の形に書ける点の集合をTzとします。
TyとTzには共通の元はありません。
[*]f(k)は整数ではありませんので、(1,0,0)はTyにもTzにも含まれません。

Tyの点をZ軸周りにnΘまたは(-nΘ)回転させた点は、
([*]f(k)[*]f(n)-[0]f(k)[*]f(n),[*]f(k)[*]f(n)+[0]f(k)[*]f(n),[*]f(k))=([*]f(k)f(n),[*]f(k)f(n),[0]f(k)f(n))
これはTzの元です。
Tzの元をY軸周りにnΘまたは(-nΘ)回転させた点は、
([*]f(k)f(n),[0]f(k)f(n),[*]f(k)f(n))
であり、Tyの元です。
(1,0,0)はZ軸周りに回転させるとTz上に移ります。
Tz上の点はY軸周りの回転でTy上に移り、
Ty上の点はZ軸周りの回転でTz上に移りますので、
以後、Tz,Tyを交互に移動します。
(1,0,0)をY軸周りに回転させた場合はTy上に移りますので、
以後、Ty,Tzを交互に移動します。
Ty,Tzは(1,0,0)を含みませんので、(1,0,0)が元の位置に戻ることはありません。
矛盾が生じましたので仮定は誤りだと分かりました。
Gのすべての元はただ一つの既約表現を持ちます。
Gの元が異なれば既約表現が異なるのは明らかですので、
Gの元と既約表現は一対一に対応します。

bで始まる既約表現の集合をSbと書くことにします。
同様に、d,p,qで始まる既約表現の集合をそれぞれSd,Sp,Sqとします。
G={e}∪Sb∪Sd∪Sp∪Sqです。
Gの部分集合Hに対して、
b(H)={bh|h∈H}と定義します。
b(Sd)={bh|h∈Sd}
Sdの元hの既約表現はdpbb・・・のように、1番目がdです。
2番目がbだと既約表現になりませんので、2番目はbではありません。
これにbをつけると、bdpbb・・・のように最初がbdとなり、これを除いた残りが既約表現となります。
よって、b(Sd)の既約表現がbで始まることはありません。
逆にbで始まらないものはすべて含まれます。
Kがそのような既約表現だとすると、
K=eの場合、d∈Sdでbd=eですので、Kはb(Sd)に含まれます。
Kがeでない場合、dKは既約表現でありdK∈SdでbdK=Kですので、K∈b(Sd)です。
従って、b(Sd)はSbの補集合であり、G=Sb∪b(Sd)となります。
同様にして、G=Sp∪p(Sq)です。

x^2+y^2+z^2=1で表される球面をSと書くことにします。
Gの元gによりS上の点はS上の点に移ります。
ここで軌道というものを考えます。
S上の点mについて、すべてのGの元をmに作用させたものの集合を
mによるG-軌道といいます。
軌道は{g(m)|g∈G}という集合です。
軌道については以前に書きました。
ぐんぐん群がわかる5

各軌道はSの部分集合で、異なる軌道には共通元はありません。
各軌道からSの点を一つずつ選んだものをm1,m2,m3,...としてその集合をMとします。
S={g(m)|g∈G,m∈M}です。

群Gの部分集合HとSの部分集合Tについて、
H[T]={g(m)|g∈H,m∈T}と(勝手に)定義します。
これはSの部分集合です。
G[M]=Sです。

先程、次の関係を証明しました。
G={e}∪Sb∪Sd∪Sp∪Sq
G=Sb∪b(Sd)
G=Sp∪p(Sq)
これから、
S={e}[M]∪Sb[M]∪Sd[M]∪Sp[M]∪Sq[M]=M∪Sb[M]∪Sd[M]∪Sp[M]∪Sq[M]
S=Sb[M]∪(b(Sd))[M]
S=Sp[M]∪(p(Sq))[M]
が言えます。
1個目の式のSb[M]∪Sd[M]について、
Sd[M]をY軸周りにΘ回転させると、(b(Sd))[M]となりますので、
Sb[M]∪(b(Sd))[M]=Sが得られます。
同様にSp[M]∪Sq[M]からSp[M]∪(p(Sq))[M]=Sが得られます。
球面SをM,A1,A2,B1,B2のように5つの集合に分割して、
A1を回転したものとA2を組み合わせてSを作り、
B1を回転したものとB2を組み合わせてSを作り、
Mが余る。
ということができるのです。
余ったMを消去することもできますが、本質的なことではないので省略します。

これまでの話は球面についてでしたが、これを球に拡張することができます。
球を半径の異なる球面の和ととらえて、これまでの議論を適用すれば、
中心を除いた球面から同じものが2つ作ることができることが分かります。
余りがでますので、中心を含めても同じものが2つ作れます。

球を有限個に分割して組み直すと、元と同じものが2つ作れることが証明されてしまいました。
これは、1つの球と2つの球が分割合同ということですね。
分割合同な図形は面積や体積が等しいはずですが、明らかに体積が異なってしまいます。
どうしたらこの矛盾が解消されるのでしょうか。

次回は終章です。

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